ここは南国だろうか。梅雨の中休みの暑さに少しだけうんざりしつつも、冬生まれ夏好き女の私はこの湿気が混じった蒸し暑さを楽しんでいた。

こんな時に纏いたい香りは・・・？

水を含んだような、青臭い感じで、スッキリしているのに汗や雨で流れても良い意味でしつこく纏わり付いてくれるような、そんな爽やかで色気のある香り・・・。

「そうだ、ラルチザンパフュームのFLEUR DE LIANE！」

この香りは私にとってとても特別な香り過ぎて、実は手に取るのが随分久しぶりになる。
 

—　シュッ・シュッ・シュッ

体の前に吹き付けて手で仰ぎ香ってみた。

そう、この香り。フレッシュで青臭いのに、大人の色気がある。

だいたい私は調香師ベルトラン・ルショフールの作り出す香りや世界観が好き。

彼の香水は、香りを纏うと忽ちその世界観に私たちを連れて行ってくれる。
 

 
2011年6月末。この年は東日本大震災があった年で、私はラジオのチャリティ企画でハワイ島のコナマラソンに挑戦した。身も心も置き場のない状態だった当時の私は、その挑戦がほんの少しでも被災地のお役に立てるのであればとの思いだったが、幼い頃から運動嫌いでマラソンなんてもってのほか。そんな私が異国の地でマラソンを挑戦する事になるとは・・・。練習はもちろんのこと、暑さ対策など準備万端で挑んだ。

更には無事に完走するためにお守りのような香りを持って行きたくて、今はもう無くなってしまったラルチザンパフューム表参道店へ足を運んだ。

その小さな店内には、ラルチザンパフュームの世界観を、一つ一つの香りの物語を、まるで絵本や映画の世界に連れて行ってくれるような感性で話をしてくれるスペシャルなスタッフの方々がいて、私はその話を聞くのが本当に好きだった。エステよりエステ。香りの世界に連れて行ってもらって、お店を出る頃にはすっかり顔が紅潮して、心や体にハリが出るような気さえしていた。
 

お守り代わりに何か香りを纏ってハワイ島コナマラソンを走りたい。だけど42.195kmを走るのに邪魔になるような香りは嫌だというわがままな希望を聞いて勧められたのがこの『FLEUR DE LIANE』だった。

確か調香師のベルトラン自ら熱帯雨林の島を旅した時の苔や水草、花の香りにインスパイアされて出来た香りだと記憶している。実際はもっと素敵な物語の様に、色っぽく語ってくれたけれど。

 
「ハワイ島と言えば、暑くて湿気のあるイメージ。溶岩がいっぱいの女神の島。」そこにベルトランの作った世界観を見事に当てはめて語ってくれたので、マラソンの当日炎天下の中、溶岩がすぐ隣に見えるアスファルトの上を走るのは、想像をはるかに超えた辛さがあったけれど、辛くなると手首を鼻先に持っていってスタート前に少しだけ纏わせたフルール ド リアン を嗅いで、ベルトランの世界観に逃避行したりもしてみた。まぁ、なかなかハードでその逃避行と言うか、妄想はそう長くは続かなかったのだけれど。笑
 

 
2人組の外国人女性を追い越したり越されたりしながら、やたらと互いに意識して走ったこと。途中ラジオを聴いてくださっていた方？から「規子さん頑張って！」と声を掛けてもらったこと。給水所の横に氷が沢山入った大きなマットがあって、そこに大きな男性が寝そべって体を冷やしていたこと。ほんの一瞬見えた美しい海のこと。なんとか無事に完走してその後飲んだビールがやたらと美味しかったこと・・・。
 
香りって本当に凄い。さっき仰ぎ嗅いだだけなのに、走馬灯のようにその風景がその時の気持ちと共に蘇ってくる。
 

 

あれから7年か。
 
長かった髪も短くなり、住んでいる街も違えば、結婚して子供もいる。

もちろん年齢もプラス7歳。笑

その月日を思って何気なく『FLEUR DE LIANE』を調べてみたら、現在は製造していないとのこと。残念。
 

7年前の頑張りをドラマティックに思い出させてくれる特別な香り。香水自体の寿命を考えてももう体に纏うことはないけれど、あの時の事を思い出したくなった時、いつでもすぐ取り出せるように香水棚の真ん中、右端にそっと置き場所を変えた。
 

窓の外には入道雲。関東甲信地方観察史上初の6月中の梅雨明けだって。
 
いよいよ本格的に大好きな夏の始まりだ。
 

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